【配合解説】ドゥーラ

生産・育成馬であるドゥーラ号で札幌2歳ステークスを勝たせていただきました。

これまで配合の場面でお任せいただいたり、育成の場面でお任せいただく事で幾多の名馬に関わる機会に恵まれてきましたが、自分達の手でお産を介助し、取り出したドゥーラの勝利は格別の喜びがあります。

相応の手応えは感じていたものの、生産事業を本格的にスタートして2世代目でJRAの重賞を勝てたのはかなりのスピード記録だと思いますが、幾多の幸運、そしてドゥーラを購買いただいた馬主様、関係者様とのご縁に恵まれての勝利です。感謝するばかりです。

 

ここに至って実感するのは、生産者という仕事は、生命を生み出すという大変な苦労とやりがいのある仕事だということです。長年、育成事業者としてG1馬、重賞勝ち馬を手掛けさせていただきましたが、競馬の醍醐味は「配合→生産→中期育成→育成→レース」と一貫して携わる所にあり、一貫してはじめて見えてくる世界があります。

サラブレッドの生産者としてやるべき事の積み重ねの一つとして、配合研究にも力を入れ、40数年間の蓄積と熟慮の末に生産した一頭がドゥーラであるとも言えます。

イシスの導入

ドゥーラの誕生を説明するには、まず母イシスの導入から始まります。イシスは2018年1月の繁殖セールで購買した繁殖牝馬です。

当時はさほど「キングヘイローの牝馬が走る」とは話題になっておらず、G3勝ち馬クリスマスの半妹が若くして市場に出ているという状況でしたが、何よりイシスの祖母ターミナルフラワーの活力あふれる血統に魅力を感じました。

ターミナルフラワーの父ソルトレイク Salt Lake(米G1ホープフルステークス勝ち馬)、母の父キャノネイド Cannonade(1974年のケンタッキーダービー馬)。日本では珍しい血統ですが、どちらも自分好みの血統でした。

ソルトレイクはデピュティミニスター Deputy Ministerの直仔である点、キャノネイドは祖母がコスマー Cosmahである点、に血統の魅力があります。

ドゥーラの母イシスはブラックタイプ的には近親に2勝馬もあまりいない、いわゆる「薄い牝系」ですが、セールの現場で馬をチェックした所、サイズも十分、馬体に欠陥もなく、その体の造りは自分好みで魅力を感じました。

ドゥーラの母の父にあたるキングヘイローは「あのグッバイヘイローの息子」という超良血にして、牝系もレディービーグッド Lady Be Goodと大変優れています。最近だと、タイトルホルダーの母の父モチベイター Motivator(英ダービー馬)も同牝系です。

グランデファームはキングヘイローという種牡馬と不思議と相性が良く、代表産駒ローレルゲレイロも育成しましたし、村田牧場さん生産・所有のゼフィランサス(後にディープボンドの母となる)も育成で携わりました。(ゼフィランサスは条件馬止まりでしたが育成時代に能力は確かに感じていたので、村田さんには「ゼフィランサスは絶対他所に譲り渡したらいけないよ」と当時アドバイスしていたのを覚えています。)

ゼフィランサスの馬体写真(2011年7月撮影)

自分の中で実際に経験した事をベースに直感が働き、この繁殖なら祖母ターミナルフラワーの血統が本来持っている活力を生かせば面白い配合ができると狙いをつけたのです。

走る馬を「選び」「作る」

常々言葉にしていますが、サラブレッドは“字の太さ(ブラックタイプの豪華さ)“では走りません。世界中で馬のセリは行われていますが、キーンランドでもタタソールズでもブック1(いわゆる良血馬を集めた高額セール)で取引された馬は悲しくなるほど成績が出ません。

サラブレッドは「配合のテクニック」と、その馬が持っている「馬体」で走ります。その揺るがない信念の元に「配合→生産→中期育成→育成→レース」と一貫して手掛け、「これなら過去育成した名馬たちと遜色ない」と自信を持って送り出せた馬で、無事に結果が出せたことは感慨深いものがあります。

 

[名牝コスマー]

ヘイロー Haloの母コスマーは、娘にトスマー Tosmah(米国最優秀3歳牝馬)、孫にフローレスリー Flawlessly(米国芝部門最優秀古馬牝馬×2回)など歴史的名牝を輩出していますが、現代では「ヘイロー以外に」コスマーの存在を見つけることは非常に珍しくなっています。

つまりコスマークロスは簡単には作れません。日本ではドゥーラの牝系ターミナルフラワー系の他には、下河辺牧場のロイヤルコスマーの系統(2022年小倉2歳S勝ち馬ロンドンプランが該当)あたりにしかできない配合です。

 

ドゥーラの母イシスは「父がキングヘイロー、母の父がサンデーサイレンス系(ステイゴールド)、母系にキャノネイドを含む」ことから、ヘイローを2本、コスマーを2本持っていました。この特徴を生かせばサンデーサイレンスクロスは一段と強力になります。

ドゥーラの血統表をよく御覧いただければ発見できると思いますが、ドゥラメンテを配合することで「サンデーサイレンス→ヘイロ Halo→母コスマー Cosmah→母アルマームード Almahmoud→マームード Mahmoud」とクロスを5代連続して継続させてあります。

特に技巧を施したのは、サンデーサイレンス、ヘイロー、コスマーについては「息子と娘を経由したクロス」を3代連続にしてある部分です。

一般的なサンデーサイレンスクロスの場合、この「コスマーの部分」で他から補給がないので、クロスが継続する形になりません。

ここをつなげることに「意味がある」と信じ、イシスにはドゥラメンテを3年連続配合しました。(「これ」と決めた配合は3回試せというのはニジンスキーを生産したE・P・テイラーの教えだったと思います)

この「配合の形」は世界を探してもなかなか代案は見つからないでしょう。この「こだわり」でドゥーラは誕生したともいえます。

ドゥーラ(イシス2020)当歳時

 

ただし、いかに最高と自画自賛できる「配合」だからといって、想像通りにホームランをかっ飛ばすような逸材が誕生する確率は(E・P・テイラーの説に従うと)3頭に1頭なのかもしれません。競走馬は工業製品ではなく生き物だからです。

「血統とは何か、配合とは何か」というのは、少年時代から40数年続けてきたライフワークとしてずっと考え続けてきましたが、自分なりに長年経験した末に、配合とは百発百中を実現する魔法ではなく、確率を1割2割アップさせるものではないかと考えるようになりました。

E・P・テイラーの格言は、「これだ!と思った配合でも、本当に走るのは3頭に1頭かもしれないぞ」という風に読み替えることもできます。それをパーセントに換算すると33%です。

DNA配列は出たとこ勝負、まさに福引のようなもので偶然決まりますから、何がいつどこに33%なのかは明言できませんが、数字だけで見れば「3頭生産して1頭」、「6頭生産して2頭」、「10頭生産して3~4頭」。これが「配合に手を加えた上での走る馬の確率」の真実だろう、というのは、カナダの伝説的生産者の格言というだけでなく、私の生産者体験を踏まえても納得できる推測値です。

 

ドゥーラ(イシス2020)2歳5月時

 

今も昔も競馬業界では、ほとんどの関係者が「リーディング上位の種牡馬、人気の血統」といった、「ブランド」に右往左往して、それに応じて2億円だ5億円だと大金が動いています。

しかしカタログにどれだけ太いブラックタイプが豪華に掲載されていようとも、値段通りに走る馬である確率が10割というのはありえません。それどころか(E・P・テイラーが唱えた)3割を超える事もまずありません。

このような「〇〇産駒だから」と後付けの保証欲しさに右往左往して生産された競走馬が本当に値段通りに走るのは1割にもならないでしょう。

 

もしエピファネイアだシルバーステートだ、〇〇の弟だといういわゆる良血という理由のみで3割を超える馬が一級品の競走成績を残していたら、競馬というゲームのバランスは崩れて殆どの牧場は倒産しているはずです。

 

例えば、ロードカナロア産駒の2022年セリ取引平均価格は7655万円と高騰していますが、2022年現在までの全産駒平均獲得賞金は1400万円程、というのが現実です。

 

このロードカナロア産駒915頭を調べてみると、2022年セリ取引平均価格7655万円に対して、これまで7000万円を超える賞金を獲得できたロードカナロア産駒は(上位の1割どころか)上位49頭。つまり、投資額が回収できるロードカナロア産駒は5.3%なのです。

(ロードカナロアはまだ優秀な部類で、実態に見合わない人気種牡馬は「ほぼ全て」と言って良いです。人気種牡馬という「切り口」の買い物は、そもそもそういうものなのです。)

 

さて、練りに練った配合で「33%」という、私がサラブレッドの配合に何十年と携わって感じた推測値は、「66%もハズレが出るようでは話にならない」と見ることもできますが、33%を野球に当てはめれば「3割を優に超える打率」と見ることもできます。(2021年パ・リーグ首位打者は打率.339の吉田正尚でした。)

野球の世界で打率3割を超える強打者が市場に出たら間違いなく複数チームによる争奪戦が起きるでしょう。それが勝負を決定づける戦力になるからです。まさか「66%もアウトになりやがって」などと罵声を浴びせる人はいません。

それでは、野球の世界で(3割打てますよという選手がいるにも関わらず)打率1割以下の選手を巡って争奪戦が起きる…でしょうか? 「〇〇産駒だから」というブランド欲しさの大騒ぎは実際にはそういうことです。

競馬の世界は、たまに不可思議な光景が繰り広げられています。

 

今年も7月8月と1歳セリが行われていますが、馬の造りには何の素質も感じられない平凡な馬が、「人気種牡馬」という看板だけで次々と高額落札されていました。中には獣医学的に致命的な欠陥のある馬も含まれていたのは驚きでした。

 

 

[デピュティミニスターとノーザンテースト]

第二のポイントは最初に挙げた「デピュティミニスター Deputy Minister」の存在です。米国リーディングサイアーでもあるデピュティミニスターは現在広く普及している血ですが、冷静に見て下さい。カナダ産のサラブレッドで、米国のG1を勝ち、米国リーディングサイアーなのです。

カナダ産サラブレッドとは、日本で言えば青森県産馬のようなもので、それがG1馬となり、リーディングサイアーなのですから、大変高い能力、異端の能力の持ち主であります。このように「異端の血統背景」「異端の生産地」から出た名馬は血統として価値があると私は捉えます。

 

デピュティミニスターは米国で一気に広がったヴァイスリージェント Vice Regent系なのですが、「ヴァイスリージェントと非常に近い血統=*ノーザンテースト」でもあります。

*ノーザンテーストとヴァイスリージェントは「同じ牧場(カナダ・ウインドフィールズ牧場)で生まれた、1歳違いのノーザンダンサー Northern Dancer産駒」なので、当然と言える部分もあるのですが、

  • *ノーザンテースト 父ノーザンダンサー、母の父の母ビクトリアナ Vitoriana
  • ヴァイスリージェント 父ノーザンダンサー、祖母ビクトリアナVitoriana

と全兄弟ほどではないが、確実に、固有の、血の共通点があります。

 

つまり*ノーザンテーストとヴァイスリージェントは、セットで用いると、クロスのようでクロスでない、擬似的にクロスに近い配合になります。ドゥーラの母イシスは「クロスのようでクロスでない」この形を元々備えていました。(*ノーザンテーストとヴァイスリージェントのニックスと呼ぶ人もいるでしょう)

ここに*ノーザンテーストを加えてクロスにしたら…、という狙いで、私はドゥラメンテを選びました。

ただのノーザンテーストクロスではない、これもドゥーラの配合の特徴になる訳です。

 

大きな部分ではこの2点ですが、その他にも

  • サンクタス Sunctusの7×6クロス
  • バックパサー Buckpasser - トムフール Tom Foolの継続クロス(7×6)
  • リボー Ribot(8×7)とプリンスシュヴァリエ Prince Chevarier(8・8×8)のクロス

など、細かい部分で、自分好みの、強い影響力のあるクロスを加えています。(特にリボーとプリンスシュヴァリエの2頭は、非常に似た血統の持ち主である事を発見しており、血統研究を始めたばかりの方々にぜひ覚えておいて欲しい血統です。クラシックディスタンスで力を発揮する、長打狙いができるクロスだと思っています。)

 

サンクタスは仏系、バックパサーは米系、リボーは伊系、プリンスシュヴァリエは仏系と、ドゥーラの血統に現れるクロスは多国籍でバラエティに富んでいます。この状態こそ「活力ある血統」であると考えています。

(個人的にサンクタス-ディクタスの系統には、イクノディクタスを通してお世話になった思いが強いので、この血統を生かした配合は今後も続けて狙っていきたいと考えています。)

 

ドゥーラは近親配合なので単純のようでいて、なおかつ深みを持たせる事に成功した配合であり、ドゥラメンテ産駒の配合としても上質な内容を持たせてあります。

中日ドラゴンズで215勝した名投手杉下茂は、カーブとフォークの変化球2種類で選手生活を送ったそうですが、私の配合テクニックは今回ドゥーラの配合で紹介したものだけが「持ち玉」という訳ではありません。

現在MLBで活躍するダルビッシュ有投手は7種類以上、大谷翔平投手は9種類もの変化球を使い分けるそうですが、サラブレッドの配合もメジャーリーガーを意識しないと現代では勝てないでしょう。

この引き出しの使い分けこそが、これまでの配合研究の価値だと思って毎年生産に取り組んでいます。

 

種牡馬としてのドゥラメンテは、面白い配合・良い配合を作りやすい、優秀かつ使い勝手の良い種牡馬でしたので、数少ない世代からも優秀な競走馬が出てきています。

ドゥーラの最大のライバルは、新馬戦で上がり3ハロン31秒台を叩き出したリバティアイランドだと思いますが、この馬も同じドゥラメンテ産駒であり、優秀な配合だと見ています。

この2頭がぶつかり合う時は、どちらも配合、馬体、レースパフォーマンスと申し分ない存在ですから、競馬ファンに喜んでもらえるような熱いレースになるだろうと期待しています。

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