[配合解説]サウンドスカイ

若い頃、私の血統の師匠、義足の獣医師松本思郎さんから「ネイティヴダンサーの牝系が面白いから調べてみなさい」と言われた事があります。
早速、自分なりに血統を分析して驚いたのは、ネイティヴダンサーの祖母には「ベンブラッシュ Ben Brush(以下区分のため☆を付記)と、ドミノ Domino(以下区分のため★を付記)」というあまり見慣れない血が幾重にもインブリードが施されていた事です。

★コマンド Command~ドミノ Dominoについては前回に説明しましたが、☆ベンブラッシュ Ben Brushについて簡単に触れておくと、ケンタッキーダービーが現在と同じ10ハロンに短縮されて初の勝ち馬で、1909年の米国リーディングサイアーです。
同馬は、代表産駒スウィープ Sweep(1918年、1925年米国リーディングサイアー。母の父として2頭の米国三冠馬を輩出)ブルームスティック Broomstick(1913年から3年連続米国リーディングサイアー。産駒数は年平均11頭ながらその74%が勝ち上がり)を通じて、アメリカのサラブレッドの血統に現在でも大きな影響を与えています。

歴史が示すように、☆ベンブラッシュ Ben Brushと、★ドミノ Dominoは、幾多あるアメリカ血統の中でも特に選りすぐった、米国競馬の歴史を変えた血です。
どちらの系統も総産駒数は少ないのに、何十年経って現代に至ってもいまだ一流馬の血統表に姿を表わす、不思議な血でもあります。
血統を見ていてこの2系統が姿を見せた場合は、ただそれだけで「血の活力が増す」と私は考えています。

この2つはアメリカ血統の中でも「最も影響力の強い血」ではないかと考えています。
私はあえて「ハイクオリティ・アメリカ血統」(以下、HQアメリカ血統)と定義することにします。

この2系統は、直系が絶えたのでマイナーに見られがちな血統ですが、1950年代の名馬ネイティヴダンサーの血統で重要な役目を果たしただけでその役目は終わらず、1980年代を代表する米国の名馬ジョンヘンリーにも再び見られました。
現代でも例えばロージズインメイやサウスヴィグラスといったダートの一流種牡馬の血統には、ほぼ間違いなく「☆ベンブラッシュ Ben Brush~スウィープ Sweep・ブルームスティック Broomstick」「★コマンド Command~ドミノ Domino」は発見できます。
米国産でモンスター級の名馬、名種牡馬の血統には、時代を問わず「HQアメリカ血統」が必ず入っているのですが、この血はダートだけでなく芝でも走りますので、とんでもない血統だと思っています。

それが日本で示された最大の例は、何と言ってもサンデーサイレンスで、父Haloと母の父Understandingには「HQアメリカ血統」がしっかりと入っています。
一昔前に数々の活躍馬を出したニジンスキー系にしても、ニジンスキーの祖母フレアリングトップ Flaring Topの血統には「HQアメリカ血統」が何本も入っています。
他に思いつく範囲でも、ハーツクライの母系4代目にあるビューパーズ Bupers、フォーティナイナーの祖母の父ダブルジェイ Double Jay といった血も典型的な「HQアメリカ血統」です。今や日本産サラブレッドの血統にも猛烈な勢いでこの血が広まってきています。

今回は、「HQアメリカ血統」である2つの血が、私が配合したサウンドスカイの血統で、どう生かしてあるかを説明したいと思います。

サウンドスカイの父ディープスカイが日本ダービーを勝てたのは、その配合の良さにあったと思っています。
中でも特徴的なのが、母アビが持つ「Miss Carmieの3×4」です。
Miss Carmieは競走成績11戦3勝という平凡な牝馬ながら、下記のような血統の特徴を持っています。

Miss Carmieの血統表を「HQアメリカ血統」に注意して確認していくと、

5代目に★Blue Larkspur (Domino直系)
5代目に☆Sweep (☆Ben Brush×★Domino牝馬)
3代母Two Bobが☆Ben Brushの3×5のインブリード

といった特徴が見て取れます。つまりMiss Carmieは「HQアメリカ血統」を強く持っている牝馬なのです。

Miss Carmieは自身の競走成績は平凡ながら、直仔で名牝クリスエバートを出し、孫の代でウイニングカラーズという歴史的名牝を出し、歴史に名を残しました。
祖母と同じく5戦1勝の平凡な競走馬だったアビは、繁殖牝馬となってダービー馬ディープスカイを産みましたが、その快挙を実現した配合の秘密の一つが名牝Miss Carmieクロスだったと私は考えています。

サウンドスカイについては、私が配合提案する時に、もちろんMiss Carmieは念頭に置いていました。
そこで「Miss Carmieを2本持つディープスカイ」×「Tim Tamを持つGone West牝馬」というデザインを施しました。
Miss Carmieの祖母Twosyと、Tim Tamの母Tow Bobは全きょうだいだからです。
これにより、Twosy=Two Lea~Two Bobのラインを2本⇒3本へ強化した配合になり、「HQアメリカ血統」の強化を図ったのです。

参考:Miss CarmieとTim Tamの血統表(グランデファームのHPにて確認できます)

「HQアメリカ血統」を語る延長上に、「現代で最もビッグレースに強く、底力ある血」として私が常に注目する血統があります。生年順に、トムロルフ Tom Rolfe、キートゥザミント Key to the Mint、アレッジド Alleged、アルザオ Alzaoの4頭です。
それぞれの血統には、下記のような配合上の特徴が挙げられます。

・Tom Rolfe 1962年生
⇒父がRibot×母方にPrincequillo(●Tracery2本)
⇒母の父Roman(☆Ben Brush&★Domino持ち)
*Key to the Mint 1969年生
⇒父がRibot系×母の父Princequillo(●Tracery3本)
⇒Alibhai持ち(●Tracery1本)
⇒祖母が☆Ben Brush&★Domino持ち
*Alleged 1974年生
⇒父Ribot系×母の父Princequillo系(●Tracery2本)
⇒Alibhai持ち(●Tracery1本)
⇒War Admiral3×4クロス。(☆Ben Brush&★Domino持ち)
・Alzao 1980年生
⇒母Lady RebeccaがPrincequillo4×3(●Tracery2本)
⇒母Lady Rebeccaが母の父Roman(☆Ben Brush&★Domino持ち)

 

上にキーポイントとして挙げたPrincequillo、Ribot、Alibhaiは特に重要で、「●Traceryを持っている」という共通項がある3頭です。

Alibhai 1938年生 - 母の父●Tracery
Princequillo 1940年生 - 母系3代目に●Tracery
Ribot 1952年生 - 母系4代目に●Tracery

 

Traceryによって結びつく3つの血(Princequillo、Ribot、Alibhai)を色濃く持ち、なおかつ「HQアメリカ血統」をも持つ。
それがトムロルフ、キートゥザミント、アレッジド、アルザオの4頭という訳です。

サウンドスカイの配合を見れば、父ディープスカイが血統表の3代目の位置にKey to the Mintを持っています。(この血は日本の種牡馬ではディープスカイの他にはダンスインザダーク、スズカマンボ、ワイルドラッシュなど日本では数えるほどしかいません。)

大レースで力を発揮したディープスカイの底力の源だと私が考える、Key to the Mintを活かすためには、まずその配合の特徴である「Princequillo」が不可欠だと考えます。

そこでアンジェラスキッスの血統表を見れば、父Gone Westもそうですし、母の父はIrish River。祖母の血にもKing’s Bishopがある。まさに寸分の隙もなくPrincequilloが代々配合された繁殖牝馬なのです。

参考:Key to the Mint、Gone West、Irish River、King’s Bishopの血統表(グランデファームのHPにて確認できます)

サウンドスカイは血統を見れば明確に分かるくらい、ディープスカイの配合の特徴を何重にも引き継いだ「底力のある配合」になっているのです。

以上のように、「HQアメリカ血統」と、Key to the Mintを意識した「Tracery→Princequillo」によって血統に十分な活力を与えた上で、サウンドスカイの血統ではSecretariatの5×4クロスを目立たせてあります。いうまでもなくSecretariatは「Nasrullah×Princequillo」で世界一有名な配合です。
更にその内部でBold Ruler、Nasrullah、Princequillo、Discoveryも「クロスが継続」しており、太い軸を形成してあります。

私が重要視する「チャンピオン配合の条件3項目」のクロスについても、サウンドスカイはNorthern Dancerのキーホース4頭中3頭、Native Dancerのキーホース4頭中3頭、Mill Reefのキーホース4頭中3頭がそれぞれクロスしており、上々の内容です。

そして、Native Dancer、Twosy=Two Lea、Promised Land、Blue Larkspur、Banish Fear、Menowといったサウンドスカイの血統内で発生した主だったクロスが全て「HQアメリカ血統」を背景に持っています。

順に挙げると下記のようになります。

Native Dancer - 祖母が☆Ben Brush&★Dominoの強いクロスを持つ
Twosy=Two Lea - 母が☆Ben Brushを2つ、★Dominoを1つ持つ
Promised Land - ☆Ben Brushクロスを持つ
Blue Larkspur - 祖父の血統が☆Ben Brush×★Dominoの組み合わせ
Banish Fear - 3代父の血統が☆Ben Brush×★Commandoの組み合わせ
Menow - 母の父が★Dominoを2つ持つ

 

サウンドスカイの血統は、Miss Carmieクロスだけでなく、複数の「HQアメリカ血統」がクロスの状態で全体に散りばめられていると言えるでしょう。
明確に異系である「HQアメリカ血統」を持つ血を、クロスによってあらためて強調させるのは、「血の活性化」を起こす1つの配合テクニックだと私は捉えています。

参考:Native Dancer、Twosy=Two Lea、Promised Land、Blue Larkspur、Banish Fear、Menowの血統表(グランデファームのHPにて確認できます)

例えばサンデーサイレンスの血統を見ると、Hail to Reason、Cosmah、Understandingの各所に見られ、サンデー自身に至るまでの代々の配合で☆Ben Brushや★Commandoといったアメリカの異系血統を補給して血統の要所でスパイスの役割を果たしています。

さて、サウンドスカイの血統の良さを示す最後のポイントは、血統表の3代目~5代目にある「血のラインナップ」にあります。

Secretariat×2つ、Carmelized、Riverman、King’s Bishop

この5本は一見すると何の関連性もなさそうですが、これらは血統が全て「Nasrullah×Princequillo」or「Princequillo×Nasrullah」の組み合わせです。大きな意味で同系統の血と見ることもできます。

参考:Secretariat、Carmelized、Riverman、King’s Bishopの血統表(グランデファームのHPにて確認できます)

これら5本がSecretariatを中心として一体となって力を発揮し、更にそれらの背後で☆Ben Brushや★Commandoという「HQアメリカ血統」による血の活性化が起きているというのが、私が見るサウンドスカイの配合の全体図です。

私がこれまで解説してきた血統の見方からすると、サウンドスカイは、

Nasrullah×Princequilloを軸にした「Mill Reefのキーホース」を中心によって[チャンピオン配合]を実現し、「Traceryの3つの血」で底力を加え、おまけに「HQアメリカ血統」を様々なクロスで補強した配合である

と説明することができます。

ディープスカイは現役時代にグランデファームで預かった経緯もあり、その産駒には初年度から特別な意識で注目してきました。
しかし一目で気に入る配合にはなかなか出会えませんでした。
ディープスカイの優れた配合の「特徴」が世間にはまだ理解されていなかったようにも思います。

配合を見てこれぞと思える馬に出会わなかったのですから、種牡馬としてディープスカイの成績が出ないのはある程度予想ができていました。
逆に「これだ!」と思える抜群の配合をすれば、ディープスカイで走る産駒は出ると思っていました。
そんな折に機会をいただいて、ようやく狙い通りの配合ができたのがサウンドスカイという訳です。

サウンドスカイには配合段階から期待していましたし、育成で預かる間は、サウンドスカイを「ダービー馬ディープスカイの再来」と思って、牧場では父が使った馬房を息子である同馬にも使ってもらっていました。

期待をかけて配合した馬が活躍するのは、競馬に携わる身としては格別な喜びがもたらされる瞬間です。
しかしそれは数多くの「人の縁」が一つに結びついた瞬間にようやく生まれる喜びであり、個の思いや考えだけでは辿りつけない事もまた事実です。

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